0525 電話する女
祖母の家にいた。
片付けをしている最中のようで、家の中には古い家財道具が積み上がっている。私は手伝いにきており、こまごまとしたものを運んでは捨てたりしていた。
ふいに電話が鳴った。祖母が対応しているのを横目に、片付けを再開する。
埃をかぶってベタついた木彫り細工、誰にも読まれることのなくなった本、錆びて元の字が分からなくなってしまったブリキの箱。 私にとっては何の思い出も感慨もない品々であり、どんな感傷も伴わずに、都度分別してはゴミ袋へ投げ入れた。
遠くの部屋から声が上がった。祖母の声だった。
そこでは、タンスの隙間から鳥が出てきたのだという。 見ると、赤い目のオウムが羽をバタつかせながら祖母の手の中に収まっていた。羽の色は白く、綺麗だと思った。
「なんでこんなところに挟まったまま生きてこられたんだろうね」
祖母は首をひねりながらも、あっという間に植物で籠を編みあげて鳥かごの代用にしていた。
◆◆◆
いつのまにか周囲は真っ暗になっていた。
夜になっていたことにすら気がつかなかった。
驚いている私をよそに、祖母はなんでもないかのように寝支度を始める。特に珍しいことでもないようだった。 仕方がないので、今夜は泊まることにした。
寝支度をしていると、にわかに鳥が騒ぎ出した。 鳥籠を置いた部屋は応接間だ。
積み上がった書類をかき分けて中に入っていくと、部屋中央の大きな座卓に固定電話だけが置かれていた。受話器は上がったまま、机の上に伏せられている。
昼に祖母が受けていた電話だろう。何故かまだ通話が続いている確信があった。 私は受話器を持ち上げ、耳に当てた。謝罪しようと思ったのだ。
口を開きかけた瞬間、一拍の静寂が訪れたのち。
「」
泣き声とも笑い声ともつかない、激しい金切り声が響く。
鼓膜が破れるんじゃないかと思った。相手の方はといえば、息継ぎもなしに延々と叫び続けていた。何か言葉も混じっているようだったが、機械音のようで聞き取れなかった。
鳥の鳴き声で我に帰った。受話器を持ったまましばらく立ち尽くしていたらしい。腕が痺れている。
すでに叫び声は受話器だけでなく、部屋中のあらゆる場所から聞こえるようになっていた。慌てて電話を切ると、ふたたび静寂が戻ってくる。
ふと、視線を感じた。
壁一面の掃き出し窓はカーテンが引かれておらず、部屋の光が反射して外はうっすらとしか見えなかった。
目を凝らしてみると、庭の先に薄汚れた襤褸を着た女が立っていた。全身が土と血のようなもので汚れていて、元の顔立ちはわからなかった。女は何かを耳に当てていた。電話だった。
女は、口があるべき位置にただ開いているだけの穴を歪ませて、満面の笑みを作った。
瞬間、私はカーテンを閉めていた。
◆◆◆
祖母の家の庭に敷物を敷いて、食事を楽しんでいた。
父や母、叔母も参加しており、私は時折焚火の番をしながら話を聞いていた。和やかな雰囲気だった。
近所の道路を見ると、対向車線側の歩道を歩いている人影が見えた。祖父だった。 祖父は施設で寝たきりになっていたはずだった。誰もそんなことには気がつかない様子で歓迎する。以前にも増して痩せて目が落ち窪み、明らかに病人の容貌をした祖父は、それでも元気そうな様子で食事を始めていたので、私もそれ以上気にすることはなかった。
ふと不安になり、昨晩の出来事を家族に話した。 家族は怪訝そうな顔で私を見つめ、信じるとも信じないともつかない、曖昧な態度で話を聞いていた。少し落胆した、諦めたような表情にも見えた。
ふいに電話が鳴った。家の中からだった。
振り返ると、居間の窓際にあの女が立っていた。電話を耳に当てていた。
私をみて、弾けたように笑い出す。
家族もみんな、女と同じ声で笑っていた。